清水市は、工業地帯として発達してきた清水港の今後より一層未来への発展として、観光的なレジャー地域への変革を新しいビジョンとして希望していました。
我々はすでに決まった形を提案するより、今後長いスパンでの町の発展にあわせた方向性を提案しました。

私たちが提案するプランの特徴は、マリーナをそれだけで完結してしまう独立したレジャー空間として捉えるのではなく、 港周辺や清水に暮らす人びとの生活をベースとした目線から、マリーナを含む清水港全体の環境イメージを整えようとする パースペクティヴをもつ点にあります。なぜならば、開発の焦点をマリーナのみに特化したプランでは、マリーナとその周囲 の暮らしの場との関係を親密なものとして育むのが難しくなるだろうと想定されるからです。

むしろ、私たちが描くプランは、 清水の街に暮らす人々や観光・レジャーで訪れる人々が、清水港との新しい繋がりを創造していくことができる新しい環境を提示します。

構想としては、大きく以下の3つを挙げることができます。
1.清水港全体の環境イメージをつくりかえること。
2.日常生活や暮らしの場面を通じて港の環境を捉えていくこと。
3.清水に暮らす人々や観光・レジャーで訪れる人々が、自由に「水辺」を楽しめること。



<ラ・フォーレ>、すなわち私たちが提示する「森」の利点は、街とその環境が急激に変化するのではなく、暮らしの場面や経済状況に応じて、人々の日常生活の時間感覚と対話しながらゆっくりと成長していくところにあります。清水港のイメージを変える手段として、例えば多くの新しい建物を建てるというアイデアがあるのかもしれません。しかし、ハード面を先行させ、人間の生活をそれに適応させていくという都市計画のある種の限界を、私たちはすでに高度成長期以降、繰り返し日本の各地で経験してきたはずです。重化学工業をベースとした都市空間のあり方が変容しつつあることを、いまこそ私たちは考慮しなけらばならないでしょう。情報・環境・自然・暮らし・健康・美容とった非物質的な生産をベースにした新たな暮らしの場やレジャー空間を創造していくことがいま世界的に求められています。こうした世界各地での新たな潮流と、私たちが提案するプランは足並みを揃えているのです。そこで、一見したところシンプルに思えるかもしれませんが、あえて「森」を環境づくりの中心に据えることを提案します。都市計画の際に、人々の未来の空間や時間までもを事前に枠づけてしまうことは、将来的な都市空間の変容の可能性を制限してしまうことになるでしょう。人間の未来はいつでも予定調和ではありません。



5つの物語...

都市環境というものは、生活や暮らしを通じて少しずつ変化し、再創造されていくものです。生活の実情に合わない部分が生じるたびに後付で対処し、自ら発展していく余地のない既存の都市計画ではなく、人々の暮らしとゆっくりと共生する余地や可能性を大きく持つであろう「森」を創るのです。例えば、必要に応じて将来この森の中に建物を建てる事も可能でしょう。その時には、伐採した「森」の木をその建築に使う事もできます。また、森の中で遊ぶことによって子供たちが健やかに育つでしょうし、そうした美しい景色の中で高齢者たちがゆっくりと老後の生活を営めるだろう。この「森」をどのように活用し、発展させていくかは、未来に、次世代に、そしてまた次世代に委ねることができます。
この「森」を創るためには松の木が最適でしょう。なぜなら、かつて清水周辺は「松の森」だったからです。

現在は「三保の松原」という名称のみが残っています。そして実際の森は、きわめて減少しています。私たちが提案する「森」は、心のなかにあり続けるイメージ、かつての雰囲気や記憶として語り継がれた「三保の松原」を再創造するものです。だからといって、単純に復元するのではありません。現在の、そして未来の生活環境や経済環境に対応したものでなければなりません。それは伝統を復活させると言う意味での再創造ではありません。記憶やイメージとしての観光資源を大切にしながら、同時に新たな「森」を創るのです。この「森」は、島、坂、谷などによって構成された「森」です。新しい環境は、かつての清水がもっていた松の森・美しい海・富士山の眺めと人びととの間に新しい関係を創ります。そしてこの「森」は人々が暮らすたための「森」でもあるのです。「森」の中には、住宅があり、ショップや商店があり、人々が集う広場(ヨーロッパの都市にある広場のイメージ)があり、学校や幼稚園があり、そしてマリーナもこの環境の中のひとつとしてあるのです。


松の森という意味合いを持つ三保の松原 という場所がある。 19世紀まで存在していたこの森にちなみ、2003年に静岡市と清水市が合併するこの新しい場所は、町の経済状況によって使うことのできる土地として役立つ松の森によって構成される。

松の森は、自然と人間の新しい関係を作り出す : 海と、空と富士山
私たちが提案する「森」は、心のなかにあり続けるイメージ、かつての雰囲気や記憶として語り継がれた「三保の松原」を再創造するものです。だからといって、単純に復元するのではありません。現在の、そして未来の生活環境や経済環境に対応したものでなければなりません。それは伝統を復活させると言う意味での再創造ではありません。記憶やイメージとしての観光資源を大切にしながら、同時に新たな「森」を創るのです。この「森」は、島、坂、谷などによって構成された「森」です。新しい環境は、かつての清水がもっていた松の森・美しい海・富士山の眺めと人びととの間に新しい関係を創ります。そしてこの「森」は人々が暮らすたための「森」でもあるのです。「森」の中には、住宅があり、ショップや商店があり、人々が集う広場(ヨーロッパの都市にある広場のイメージ)があり、学校や幼稚園があり、そしてマリーナもこの環境の中のひとつとしてあるのです。

新たな風景をつくり出し、富士山と海と相いまり、文字通り魅力的な地形を作り出すことが可能なばかりでなく、そこを、実際に訪れた人々の、こころの風景も作り出す。訪れる人々の心象風景は千差万別であり、人々がそれぞれ違う風景を想い描く事により、思い入れも生じる。

この環境に人が住まうことにより新たな文化と新たな伝統が生まれます。この文化は大資本が作り出すものではなく、そこに暮らす人々が時間をかけて創りあげていくものです。こうした文化の創造を通じて、そこに暮らす人々のアイデンティティや誇りが表明されるでしょう。身の丈サイズで創りあげていく文化は、多くの人々を呼び寄せます。清水、静岡だけでなく、東京に移り住んでいた人たちにもこの環境は共感を呼び、Uターンの流れを加速するでしょう。魅力的な環境があることで、ゆっくりとではあるけれども、次第に人びとが移動してくるでしょう。

フランスの町をはじめ多くの魅力的な観光都市において、これは共通している事実です。暮らす人々よって日々作りだされる文化が、その空間のイメージを同時に創りあげていくのです。<ラ・フォーレ・清水>のプランとプロジェクトは、ハコ型の既存の日本社会型都市計画ではありません。その限界はもはや誰の目にもはっきりと写っています。新たな、そして想像力溢れるプランがいま要求されているのです。それは資本注入型ではなく、暮らしの場から沸きあがるような環境・文化の生成の可能性を生かすプランなのです。重工業的生産の時代から、情報・文化・生活・芸術の時代への世界的なシフトチェンジに乗り遅れるわけにはいかないのです。暮らしを通じて生みだされる清水アイデンティティや誇りは、観光客も集めるでしょう。多くのヨーロッパの街がそうであるように、芸術家やアカデミズムのための空間もそこに開けてくるのです。